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2005-07-09

『MY FATHER』

上映後の音楽が、ショパンの「ノクターン20番嬰ハ短調」だったのは、何の気遣いなんでしょうか銀座シネ○トスさん。
そんなわけで、『マイファーザー』観て来ました。私はこの映画を観るきっかけになったというだけでも、クレッチマンのファンでいて良かったと思います。


トラウマになりそうなシーンが一つあります。国を逃れ南米の貧民窟に身を隠しながら、未だに第三帝国の理想を語り続ける父。その姿に耐えきれず、父の家を飛び出す息子。そのあとを何も知らない地元の子供たちが楽しそうに追いかける。三つの世界の絶望的な断絶を描いた、シンプルで、滑稽で、悲しくて、恐ろしいシーンです。

作品解説など読んで身構える人もいるかもしれませんが、この『マイ・ファーザー』は映画としてとても面白い作品です(笑って泣けてスッキリするという意味での面白さではないですよ。ある極端な人生を凝縮された形で追体験できるという面白さです)。
この類の映画にありがちなガチガチの脅迫的ドキュメンタリー調でなく、かといって、感傷に溺れ、全てを個人的問題に還元してしまうわけでもない。父と子のドラマを軸に、歴史的事実やあらゆる立場の人の言動をバランス良く登場させて、ある時代の狂気が招いた途方もない傷を感じさせるという、非常に知的なつくりになっています。

物語は、主人公ヘルマンが、父の遺骨が発見された1985年の時点から、生前に一度だけ父子で過ごした1977年の数日間を回想する形式で進みます。
85年の時点では主人公と被害者側弁護士が話し合い、77年では息子と父が話し合い…と、基本的に会話だけのストーリーですが、合間に幼少時の記憶や、父と会う前に訪れた強制収容所跡の光景が目まぐるしくフラッシュバックされて映像的にも飽きさせません。
しかし、もちろんメインは父子の息詰まる対話です。観た人は皆言うことですが、これは本当に凄い。
特に息子の苦悩の深さには、苦悩というのはこんなに表現の幅があるもんなのかと感心するほどです。
考えてみれば、この映画の盛り上がり・緩急・サスペンス感といったものは、ほとんどこの人の苦悩にかかっているわけで。実際、彼が次にどんな行動に出てどんな結論に達するのか、回想ものなのに予想がつきません。
そしてそんな息子の苦悩を前にした父の、上級者向けサンドバッグのような揺るぎなさ。

しかし話が進むにつれて、この父の「揺るぎなさ」なるものは、ひどく脆弱に見えて来るのです。父が揺るがないのは、結局のところ巨大な化石のような理念に埋没しているからで、滔々と語る言葉だって実は何も言っちゃあいないのと同じ。現に彼は、息子が自分の頭に銃口を向けているのを見ても、ただ黙って背を向けることしか出来ない。
同様に、息子が語る言葉もいわゆる戦後ヒューマニズムの言説そのままなんですが、少なくとも彼には揺らぎ得るだけの自己がある。
「現実」の吹きっさらしの中に一人で立っていればグラつくのは当たり前で、本当の強さはむしろ揺らぎの中にあるのかもしれません。だからこそ、父に何一つ反駁できなかった息子が最後に突きつけた拒絶は、本当に深いところから発したNOで、それに対して父はただ息子の名を呼ぶ事しか出来ないのです。

公式ブログの著名人コメントで「愛する人の罪を赦せるかと問われた気がして」という一文が載っていましたが、私はむしろ「愛する人をゆるさずにいられるか」を考えます。
見ず知らずの世界人類にどれほど憎まれようと、愛する人の言い分を信じるほうが、実は楽なんじゃないか。あるいは愛する事をやめ、他人として断罪するほうが。
愛し、理解し、それでもゆるさずにいるということは、どういうことなのか。そういう事を問われているんじゃないかと。

映画のラストで主人公は、父が戦犯だという事実、自分はその父の息子だという事実をどちらも切り捨てることなく一人で立ち続けます。その姿に見るべきものは、やはり希望だと私は思うのです。

余談:上映終了後、後ろにいた男性が「結局、犯人誰だったの?」と聞き、彼女らしき女性に「これはそういう話じゃないでしょおっ!」と怒られていましたが、その見方もちょっと面白いと思う。私には、息子の拒絶が父の世界観にヒビを入れて、それが2年がかりでゆっくりと父を殺していったように思えるのですが。


さらに余談:某誌の記事によれば、主人公の親友ロベルト君は、唯一モデルに当たる実在の人物がいないキャラクターだそうです(原作の小説では、なんと「主人公の想像上の友人」だそうだ)。
なるほど、どうりで損な役回りなわけだ。
電話一本で南米までやって来て(職業はなんだ)待ちぼうけを喰わされ、世話を焼かされたあげく逆ギレされ、それでもとりあえず縁を切ったりはしないらしい親友。
だいたい、ヘルマンの親友なんかやっていて得することなぞただの一つもないだろうに、子供の頃から律義に面倒を見つづけ、現代人として真っ当な常識を保ちながら友の苦悩も尊重するという、なんともファンタスティックに「出来た人」。
この人物をもって本作のリアリティを云々する人もいるかもしれませんが、私はこの人物が大好きです。
作中唯一ホッとさせてくれるキャラだからというのが一番ですが、当事者同士の膠着状態を打破するのは、こういう誠実で真っ当な第三者ではないかとも思うのです。

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プロフィール

蛹原タオ

Author:蛹原タオ
sanagihara☆yahoo.co.jp
属性:書痴画狂・犬派・虫キチ・不定形生物好き
趣味:映画・演劇・古書漁・動植物観察
好き役者:A.ブロディ、T.クレッチマン、B.D.ハワード、J.イェンチ他
好き作家:稲垣足穂、種村季弘、たむらしげる、手塚治虫
座右の銘:三十六計逃げるにしかず
*06年3月15日以前のログはこちら

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