--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010-08-21

『キャタピラー』身体に起こる戦争

噂に違わぬ、超重量級映画。
とにかく、「戦争というものは、海でも空でもジャングルでも市街地でも、ましてや国境線でもなく、人間の肉体で起こるのだ」ということを、ここまで単刀直入に表現した映画には、お目にかかったことがありません。
15歳以上であれば是非観てほしい。それも映画館で、混雑しているうちに。
ある程度逃げ場のない空間で、87分間息継ぎ無しの閉塞感にひたすら向かい合ってみることをおすすめします。


戦争とは「国家が自己の意志を貫徹するため他国家との間に行う武力闘争」であり、その結果として「手足が吹っ飛んだり皮膚が焼け落ちたり、死んだり死にきれなかったりする」。
この政治的定義と生活的実態の間に何があるのかを、この映画は太平洋戦争末期のとある農村を舞台に一組の夫婦を通して描いています。
四肢と聴力と言葉と顔の約半分を失って帰還し、村の軍神様としてあがめられる夫と、けなげに世話する妻。
ここで二人の間に「夫婦愛」を置き、「愛ゆえの絶望を通して、戦争の非道さに目を開く妻」というふうに進めば話は解りやすいのでしょうが、この映画はそうは進みません。(そもそも、悲惨の原因として戦争そのものに目を向けるような人物は作中には出てこない。バカの振りをして戦争を拒否しているクマさんという人が愛敬を振りまいていますが)
妻は、当時の女性の義務として(また「軍神の妻」という一種のステイタスの証明として)夫を、性欲処理も含めて世話しているが、その生活の鬱屈がたまるにつれて、かつて子供が出来ないと言ってはなじられ、暴力を振るわれていた過去を思い出し、徐々に支配的に接するようになる。
一方、当初横柄に振る舞っていた夫は、そんな妻に戦場での自分の姿を見て錯乱する。

だからといって、この二人にあるのがトラウマや復讐心だけかと言えば、そういうわけでもない。
その点で、この作品を戦争物とだけ見るのはもったいないような気がします。
たしかに特殊な時代の、超特殊な夫婦を描いているのですが、二人の間で「愛と憎悪」「保護と暴力」「愛玩と虐待」「支配と被支配」「依存と拒絶」等々がめまぐるしく入れ代わる過程など、男女の、というか人間同士の間に起こりうる普遍的な関係性が剥き出しにされていくようで圧巻です。純粋無垢な夫婦愛よりも、どんなに強い結びつきであることか。
だからこそ、この複雑で悲惨で愛おしくもある関係性を、ブルドーザーで均すように「銃後の美談」に仕立てようとする時代の圧力に暗澹としてしまうのです。
ちなみに、夫婦の家は昔ながらの一間しかない農村家屋で、土間の側から部屋全体を捉えた画面は大きな神棚のようで、「軍神とその妻」に祭り上げられた彼らの境遇を暗示して実に印象的。

それにしても主演の寺島しのぶさんの演技は物凄い。
思わず夫の首を絞め、殴りつける時の般若のような表情といい、一転して見せる慈愛の顔といい、何というか「女」の全てを演じているようです。
特に、軍服と勲章で飾りたてた夫を荷車に乗せて村人に見せびらかす時の、無邪気とも悪意ともつかない表情には痺れました。
夫役の大西信満さんの、限られた機能をフルに使った全身演技も素晴らしい。
この2人の演技合戦だけでも、87分観る価値は十分です。

最後にごくごく私的な感想をひとつ。
以前、『ナチスの墓標』という映画の感想を「どうせなら戦争と性愛の問題を正面切って描け」という、我ながら相当な暴論で締めくくったことがありますが、今回、その時観たいと思ったような映画が、題材は違えど同じ方法論で、それもピンク映画出身の若松監督の作品として現われたので、正直びっくりしました。
そういう特別な思い入れも含めて、私にとって『キャタピラー』は恐らく今年のベスト1映画だと思います。


『キャタピラー』にかこつけて、この本を紹介

戦争における「人殺し」の心理学
夫の勲章や新聞記事に対する執着や、加害行為を思い出すまでのタイムラグ、思い出したあとの錯乱などの描写の正確さが解ります。彼が兵士としてごくごく標準的な人物だったということも。

銃後の社会史―戦死者と遺族
国防婦人会―日の丸とカッポウ着
作中ではいささか戯画化されていた周囲の人々の背景やら行動原理がよく解ります。総動員というのはこういうことなんだ。

絶望の精神史
あの戦争に付合いきれなかった人の記録。
最後の5行を読むと、逆にここまで言い切れなければ戦争を拒否することは出来ないのだろうかと慄然としてくる。

若松孝二 キャタピラー
劇場でも売ってますが混んでいるので書店で買ったほうがいいと思います。ポイントとか貯めてる人は特に(急にせせこましい話題に)。

theme : 映画感想
genre : 映画

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

蛹原タオ

Author:蛹原タオ
sanagihara☆yahoo.co.jp
属性:書痴画狂・犬派・虫キチ・不定形生物好き
趣味:映画・演劇・古書漁・動植物観察
好き役者:A.ブロディ、T.クレッチマン、B.D.ハワード、J.イェンチ他
好き作家:稲垣足穂、種村季弘、たむらしげる、手塚治虫
座右の銘:三十六計逃げるにしかず
*06年3月15日以前のログはこちら

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。