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2009-11-14

『ナチスの墓標』、実録 レニングラード番外地

寒い自室で二度観ました(わざわざ寒い夜を選んだわけではありませんが)。
が、どうにも狐につままれたような後味が消えません。
題材は興味深いし役者も良いのですが(特に、好青年のイメージが強かったダニエル・ブリュールの黒い演技!)、脚本のポイントがどこにあるのかが解らない。

とりあえず気になるのは、「真実に基づいた」と銘打っているけれど、どのエピソードがそうなのか。終盤のあれだったら凄いけど、しかしあれが実話じゃなかったら脚本に入れた意図がますます解らないので、やっぱりあれが実話なのか。それにしても、あれは他に描きようがなかったのか。実話だからしょうがないのか。

…と、この調子では埒があきませんので、以下ネタバレでお送りします。

第二次大戦直後、ソ連のレニングラードの捕虜収容所に、ドイツの元兵士の一団が送られてくる。
この収容所は本来は女性用一時収容所なので、看守から軍医、炊事係の一般職員まで皆女性。唯一、軍医の夫で精神を病んでいるらしい元兵士が門衛をしている。
そこに、上官で秘密警察のパブロフ大佐が頻繁に訪れ、捕虜と部下の双方を厳しく監視するとともに、一般兵士のフリをして紛れ込んでいる(はずの)重要戦犯などを探っている。

この状況下で、起こるだろうなと予想できることは何でしょうか。
・女性兵士をナメてかかった捕虜があっさり射殺。
・ドイツ軍に恨み骨髄の女性看守達が、捕虜を虐待。
・捕虜の一部が、生き残るために仲間を密告。
・若い捕虜と一般職員の娘さんが恋に落ちる。
・そして娘さんが妊娠。
・それが上官に発覚、彼氏はシベリア送り彼女は自殺。
     :
全部起こります。
さらに、SSは本当に紛れているのか、いるとしたら誰なのか、そもそも最初にそれを密告したのは誰なのか、軍医の亭主は本当にイカれているのか? というサスペンスも交じり、終盤には意外なエピソードも描かれます。もりだくさん、もりだくさん。

それならさぞかしドラマチックな作品だろうと思いますが、どうも映画としては盛り上がりがありません。
捕虜収容所ものには付き物の虐待エピソードも、捕虜達の苦痛と同時に看守達の負う傷もきっちり描かれているし、その共感を踏み超えるほどの行為にも及ばないので、目を覆うほどのものではない(冒頭の射殺も、はっきり言って撃たれたほうに落ち度があると思う)。
確かに、タテマエ上は捕虜の扱いに私怨を持ち込んではいけないのですが、捕虜達だって別に褒められたものではありません。
女兵士をナメてかかるのはもちろん、戦時中の犯罪行為を得意げに語るやつ(後で重戦犯として引出されて吊るされてますが)、唯一誠実な軍医さんが仲間の一人に特に好意を寄せているのを察知して「もっと親しくなれば待遇が良くなる」と遣り手婆のようなことを言い出すやつ(ちなみに言い出すのはダニエル・ブリュール、言われるのはクレッチマン)、紛れ込んだSSが摘発されない限り自分達は送還されないという事情を察知して「適当に何人かの名前を挙げちまおうぜ」と提案するやつ、「アイツとアイツなら嫌われ者だし、どうせ放っといても長くない」と応じるやつ(ちなみに提案するのはダニエル・ブリュール、応じるのはクレッチマン)。
役者がみんな上手いので、ますますリアルな小狡さが際立ちます。

じゃ、大佐はどうかと言えば、別にその時代のソ連軍人としての役職を逸脱した残虐行為を働くわけでもなく、重戦犯摘発の高得点を狙いつつ部下の規律違反でちまちまと点を稼ぎ、合間に美人軍医にセクハラを働きながら「捕虜と親しくなって戦犯が誰かを探るように」と、美人局のような命令をする程度の人物です(軍医と親友の女性中尉には、ほとんどバカにされている)。

一番大きな事件は、若い捕虜と炊事係の娘との恋愛事件ですが、こういう普遍的に「泣かせる」話題すら、描写はあくまで淡々としていて、なんだか若い二人の情熱だけが空回りしているようなわびしさすら残る。

そして日が経つにつれ、お互いに魂胆を抱えながらも控えめな好意を抱き始める軍医と捕虜の一人ボルト(クレッチマン)を軸に、微妙な馴れ合いの雰囲気が双方に漂い始める。
要するに、ここにあるのは収容所の日常で、それが淡々と描かれるほどに閉塞感が重くのしかかってきます。そして、その閉塞感は「生き残ればいつか故郷に帰れる」という希望がある捕虜達よりも、彼女達のほうが強いのかもしれないとも。

そして終盤、閉塞感の打破とも馴れ合いの極みともいえる、奇妙なエピソードが描かれます。
我々「番地内」の日常感覚では到底承服できない展開ですが、とりあえずそのまま紹介すると…

とうとう配給食糧では足りなくなり、捕虜達は自分の食い扶持を稼ぐべく地元のユダヤ人が管理する列車倉庫に働きに出る。
その雇用主の発案で、操車場を会場にした音楽会が開催され、捕虜達も楽団やダンスの欠員補充(終戦直後なので男が少ない)の形で参加する。
会は盛況のうちに終了し捕虜達は収容所に帰るも、女性達は門までついて来て、いつまでも去らない。
その様子を見た看守達が、「夜明けまでには戻るように」と言って扉を開け、捕虜達はパートナーと連れ立って夜の町に消える。

……え? 何しに?
もちろんナニしにですよ。

このあと軍医とボルトも一線を越え、観客的にはもはやどうでもいいような気がしていたSS残党をめぐって最後の立ち回りがあり、さらに捕虜を送還する旨の連絡が急遽入って、女性達の元から連れ戻された捕虜達がトラックに乗せられて去り、かくして極寒のレニングラードには死んだ捕虜の墓標と女達だけが残る。幕。

「狐につままれたような」という意味が、おわかりいただけましたでしょうか。

凄いのは、この最後の一夜にはまるで言い訳がないところです。彼らは別に鉄条網越しに愛を育んでいたわけでもないし、たいていの捕虜には帰るべき家が、女性達には(戻ってくるかは別として)待つべき夫がいる。
それでも門は開いた。ただの門ではありません。国家の門で、敵味方の門です。
実話であろうとなかろうと、本当に描くべきなのはここではなかったろうか。
ここをとことん突き詰めて描いていたら、国家の論理と戦争の理不尽と性愛の問答無用が激突するような刺激的な作品になっていたと思うし、その「ゲルマン男とソビエト女の一夜」を演出したのが「ユダヤ人」だという、痛烈な皮肉も効いてくると思うのです。
もっともそれは、こういう抑えたリアリズムよりは、昔のロマンポルノや実録やくざ映画みたいな手法のほうがふさわしいような気がします。
だって、もともとある種のポルノみたいな状況設定じゃないですか。むしろ逆手にとったほうが面白い(暴論)。

あ、あと最後になりましたが最大の不満を言わせてもらうと、
ソ連側もドイツ側も全員英語を喋っているのは、
どう考えてもビッグなミステイクだ!

ヒホオさんも言っていますが、何が起こるにせよ言葉の壁を乗り越えて云々というのが、この手の話の重要ポイントでしょう。
ロシア語は無理にしても、ドイツ語部分はそのままドイツ語にしておけば(戦場のピアニスト方式)、「すんなり伝わらない状況」は表現できたでしょうに!
というか、もともとインテリの軍医さんとボルトはともかく、小娘若造の恋愛は言語の壁を越えたものであって欲しい(単なる異言語カップル萌え)。

theme : DVDで見た映画
genre : 映画

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プロフィール

蛹原タオ

Author:蛹原タオ
sanagihara☆yahoo.co.jp
属性:書痴画狂・犬派・虫キチ・不定形生物好き
趣味:映画・演劇・古書漁・動植物観察
好き役者:A.ブロディ、T.クレッチマン、B.D.ハワード、J.イェンチ他
好き作家:稲垣足穂、種村季弘、たむらしげる、手塚治虫
座右の銘:三十六計逃げるにしかず
*06年3月15日以前のログはこちら

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