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2006-03-17

『白バラの祈り―ゾフィー・ショル、最期の日々』

感想を纏めよう纏めようと思いつつ、ひと月近く経ってしまいました。その間に関連書を読んだりして人物関係や時代的思想的背景はよく解ったものの、映画自体の印象はぼやけてしまったような気もします。
そこで、できるだけ映画自体の感想に徹するために、まずはこの映画を観て連想したものの話から。

観ている間、しきりに思い出されてならなかったのが、グイド・レーニの『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』
極悪人の父親を殺害し、万人の同情を浴びながら斬首刑になった少女の最後の肖像ですが、背景を説明されなければ、単なる美少女の肖像画にしか見えません。
グイド・レーニは劇的な構図や群衆の描写を得意とする画家ですが、同情する人々が暴徒と化し死傷者まで出たという事件の主人公を、嘆きも怒りもない、美しいばかりの少女像として描いています。
白状すれば、元々は主演女優の「イェンチ」という名と、彼女が出演した他の映画から起こった連想なので、今回の映画に関してはこじつけでしかないのかもしれませんが、それでも“暗闇の中で振り返る少女”のイメージと、それに対する画家と監督の視線には共通のものがあるように思えます。
思うに、画家も監督も、光を描くことで闇を表現し、その闇の中になお一条の光が差していることを見せたかったのではないか。その光源にあたるのがベアトリーチェの美しさであり、ゾフィーの場合は若さだったのではないかと思うのです。
ゾフィー・ショルは逮捕された当初、自分は無関係だとシラを切り、草稿執筆者のc.プロープストは、最後まで「寛大な処置」を求め、ついでに言えばホーゼンフェルト大尉は自分が助けた人達に救いを求め続けました。
これは尊いことだと私は思います。どんな主張を持っていようが、死にたがり屋の狂信家には何ら生産的なことはできないと思うからです。
間違っても死にたいなどと思わない、むしろ生き残るためなら大概のことはする人が、それでも命がけで突きつけた抗議や拒絶だからこそ意味がある。
この映画が描いているのも、そういう種類の抗議の記録です。

といっても、この映画は題材の重さを考えると、意外なほど軽やかで明るい印象を残しています。それは、主人公達の処刑に至るまでの行動を、拙さも浅さもひっくるめた上での輝かしい「若さ」として描いているからです。
たとえば、責任の何たるかも知らずに「責任は自分が負う」と言い切ってしまえる未熟さや、シューベルトと反政府活動と婚約者と家族を等しく自分の中に抱え込んでしまう感覚。あるいは処刑の直前に一本のタバコを三人で喫いながら交わす視線など、随所に印象的な「若さ」が出てくる。
何より、ゾフィーとハンスが大学の構内にビラを撒くシーン。
それまで何部かの束にして廊下の端に置くようにしていたビラを、一瞬の衝動のようにホールにバラ撒くゾフィーの動作と、ヒラヒラと舞い落ちるビラのイメージは、それが兄妹の逮捕につながる顛末とも相俟ってこの映画の基調をなしています。

次に背景の闇について。
実はこの映画で、悪意のある描き方をされているナチ側の人物は、裁判長のフライスラーくらいです。最も出番の多いゾフィーの取調官モーアは、きちんと彼女の言い分を聞き、時には彼女と同い年の息子のことを思い出し、処刑の前には両親を呼び寄せるなど、終始、情も常識もある大人として描かれます(実際そういう人物だったらしい)。
それが、この映画に落ち着きとリアリティを与えているのですが、同時に、そういう「まともな」人達が支えていた当時の状況は何なのか、という、闇の濃さも感じさせるのです。
その中で、ことあるごとに明るい方へ目を向けるゾフィーの視線は、強烈な存在感を持っています。

この映画は、連合軍が撒く「白バラ」のビラが、町に舞い落ちる映像で終わります。それは、冒頭のビラの映像と繋がって、どこか祝祭的な空気すら漂うラストシーンです。

それにつけてもユリアは素敵。
強く凛々しく知的で、でもどうしようもなく普通の女の子でもある主人公を、実にリアルに演じていました。これからますます凄い女優さんになっていくのだろうなあ。
モーア役のアレクサンダー・ヘルト氏も、「常識が歪んだ世界にいる常識人」を見事に演じていて、度々ぞっとさせられました。

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プロフィール

蛹原タオ

Author:蛹原タオ
sanagihara☆yahoo.co.jp
属性:書痴画狂・犬派・虫キチ・不定形生物好き
趣味:映画・演劇・古書漁・動植物観察
好き役者:A.ブロディ、T.クレッチマン、B.D.ハワード、J.イェンチ他
好き作家:稲垣足穂、種村季弘、たむらしげる、手塚治虫
座右の銘:三十六計逃げるにしかず
*06年3月15日以前のログはこちら

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